早朝4時。辺りはまっ暗だった。私は「大崩茶屋」を後にして登山口から登り始めた。ヘッドライトに照らされた岩場をゆっくりと確実に捉えて歩を進める。森の隙間から空が白んできていた。朝に向けて静寂さを増していく。聞こえてくるのは川の音と私の息づかいだけ。

 祝子川を渡り、急な登りをなんとか越えて袖ダキ展望所についた。もうすぐ日の出だ。どうしても「赤いダキ」を見たくて、少し焦っていた。
 展望の岩場につくと同時に、稜線が金色に輝き始めた。朝日がゆっくりと高くなっていく。それに従うかのように下湧塚は赤く染まっていった。空が澄み切っていないと見ることができない奇跡の瞬間。私はようやく出会えたんだ。

 あまりの美しさにしばし立ち尽くしていた。ふと右手をみると小積ダキ。その岩肌は流れるように力強く描かれていた。
 黄金に染まった空はやがて群青色に変わっていった。空気はさらに凛と透明度を増していく。

 私は雲の上の朝日に向かって背伸びをし、大きく深呼吸をした。待ち遠しかった春がついにやってきた!

 春を象徴するアケボノツツジ。この季節にはたくさんの登山客がやってくる。5月初旬、案内されたルートは登山道が崩れていた。ガイドさんの補助とロープ無しには進むことができなかった。

 大粒の汗をかきながら、急登を繰り返したその先にまたも奇跡が起きていた。アケボノツツジは岩場にわずかしか咲かないもの。しかし、そこには数えることができないくらいの群生が待っていた。どこを見てもアケボノツツジ! 薄いピンク色が青空に映え、それがまるでトンネルのように連なり、どこまでも続くようだった。

 大崩山には奇石が多い。その代表格が新緑の森にぽつんとあらわれる「七日廻り岩」(なのかまわりいわ)。円柱をねじったような形状の先には木々が生い茂っていた。

 展望スポットから眺めていると、クマタカが岩のまわりを飛んでいた。

「巣があるのかな? あの岩の上には何があるのかな?」
そんなことを話しながら、初夏の陽気を楽しんだ。

 6月中旬、梅雨がやってきた。私たちは坊主尾根のあたりでササユリを探した。
希少植物のササユリは、葉や茎が笹にそっくり。この時期に咲くのだという。ユリの良い香りがあたりに漂い、寂しい登山道を華やかにしてくれると人気。

 このときは、花が3つも連なっているササユリに出会えた。雨粒に揺れている様子は、まるで優しく微笑む妖精のようだった。

 袖ダキ展望所からさらに2時間、大崩山の最深部にはブナの森が広がっていた。これだけ明るいブナの新緑は九州全土ではなかなか見られないという。

日光をブナの葉が透過して、優しく降り注いでいた。そよ風に揺れ、葉音とともに光を振りまいていた。

 大崩山の麓に広がる祝子川渓谷。白い岩が板のように平面で滑らか。甌穴には青い天然のプールになっていて、おもいっきり飛び込んでみたくなる。

 小積ダキの頂から見た象のようなカタチをしている「象岩」のトラバースルート。

崖になっているので、ワイヤーをしっかりと掴みながら慎重に渡った。

 尖った岩峰が多い中、小積ダキはかなり大きい上に全体的に丸みを帯びてる。
小積ダキに立ちあがり、遠くを眺めた。対岸には袖ダキ展望所が見える。

恐竜の背中のように波打つ岩峰。心地よい風が吹いていた。

赤く染まる岩ダキ、アケボノツツジの群生、気品あるササユリ、秘密の岩場・・春そして夏とずっと登り続けた私の心には、大崩山がくれた「奇跡のギフト」でいっぱいになっていた。

 九州最後の秘境といわれる大崩山。たしかにここでしか出会えないものにあふれている。

【歩行時間6時間】

大崩山登山口出発ー山小屋ー祝子川渡河ーワク塚ルートー袖ダキ展望所ー同じルートで下山


【メモ】

大崩山登山口にはポストがあるので登山届は必ず出そう。山小屋まで30分。祝子川は渡河しなければならない。数年前橋が落ちたままになっており、岩をジャンプしていく必要がある。増水している場合は渡れない。下山時に戻れなくなることもあるので注意。はしご、クサリ場、ロープなどが多数ある。浮き石が多く、滑りやすい。目印とされているピンクのテープの間隔が長い所があるので道迷いに注意。
初心者はもちろん、ベテランでも初めて登る人は必ずガイドに依頼しよう。コンパスと地図は使えるようになっておくこと。九州で最も険しく、遭難も多い山ということをお忘れなく。登山の後は祝子川温泉で疲れを癒そう。

【注意事項】
・映像及び写真にあるアケボノツツジの群生地へは、道が崩れており登山不可能なエリアとなっています。



【登山口アクセス】
車でのアクセス:「祝子川温泉・美人の湯」をナビに入れるとよい。近くに「大崩茶屋」があり前泊するのも◎。登山口はさらに車で数分。路肩に駐車となる。

【関連リンク】
祝子川温泉美人の湯 大崩山の麓から
大崩山のガイドさんがいる温泉。露天風呂、食事、お土産品が充実。

九州最後の秘境 美しい岩峰を見たくて… 大崩山の秋冬編。公式では初めてドローンによる空撮の映像となった。