山小屋に着くと朝の日差しが差し込んできた。ヘッドライトを消し、しばし勢いよく流れる祝子川の音に耳を傾ける。
 大崩茶屋(おおくえちゃや)に前泊し、今日は「ワク塚ルート」で袖ダキ展望所を目指す。コースタイムは片道約3時間。紅葉真っ最中にもなると、急に寒くなってきて、ダウンが手放せなくなる。


 祝子川に広がる白い岩には驚いた。こんなに白く敷き詰められている川は初めてみる。その間を流れる水は、透明度が高く青く輝いている。白い岩が水の清らかさを強調しているのだ。


落葉が始まり、寒くなってきたとはいえ、登りだすとすぐにじんわり汗をかく。コバルトブルーの水流をみて少し涼んだ気持ちになる。


 袖ダキ展望所を目指すには、祝子川を渡河しなければならない。前日、大雨が降ったりすると水量が増えてしまい、渡れなくなってしまう。しかも、行きで渡れても、帰るときに上流の方で雨が降ると増水して帰れなくなってしまうこともあるとか。油断はできない。

 数年前の大雨で橋が落ちてしまっていた。私は岩と岩の間をジャンプして川を渡った。足を滑らしたら、どぼん! なんてことを考えると結構なスリル。ほかの山ではあまりしないアクションだから、意外に楽しかった。


 ここからが今日の本番。祝子川を渡ると、岩場と水場が交互に訪れる。そして、すぐに急な登りへと入っていく。これが2時間続く。両手両足を目一杯使って、浮き石や滑りやすい苔に気をつけながら登っていく。背中からは汗で湯気が立ちのぼる。

 長い岩場を抜けたと思ったら、4、5mもあるアルミ製のはしごが見えてきた。くさびで固定されているとはいえ、ぐらぐらと動く。なんだか少し心もとない。手をかけゆっくりと慎重にのぼっていく。登りきるとすぐにロープにうつる。左右に揺れながらもゆっくりと・・・。それから、はしご、ロープ、ロープ、はしご・・・のリズムでやってきた。息があがり、休憩する間隔が長くなってきた。

 岩に腰掛けて水を飲む。呼吸を整え、上を向く。風に揺れる木々の音、鳥のさえずりが聞こえている。


 袖ダキ展望所の前に、最後の2本のロープが待ち構えていた。霧で濡れたロープや岩場で滑らないように確かめながら、ようやく大きな岩の上の袖ダキ展望所に到着。どんなに苦しめられてもこの瞬間は最高のご褒美。これだから登山はやめられない。


 展望所の上に立ち、ゆっくりと眺望を楽しむ。少しばかり残る紅葉と、水墨画のようなワク塚の美しい岩ダキ。水が流れるかのような岩のカタチは「ここは日本なのか」と錯覚してしまうほど。

 下ワク塚、中ワク塚、坊主岩、坊主尾根、小積ダキなどと取り囲むように連なる岩峰。そして、張り付くように木々が生い茂っている。遠くで鳥の鳴き声が聞こえた。姿形はみえないが、上昇気流にのって舞うクマタカなのだろうか。着いたのはお昼の前、霧も晴れ、雲が勢いよく流れだし、日の光に照らされて紅葉が鮮やかに輝き始めた。


「いつかは大崩」、みなが口々に言うのは、単に難しい山だからという訳ではなくて、ここでしか出会えない自然、大崩山でしか味わえない感動があるからだと思った。

 ここから先に行くとさらに時間が掛かる。無理はしない。これから冬は氷に閉ざされ、登山ができなくなるが、最もよい季節は春夏らしい。お弁当食べ、少し岩場に寝転がったあと、下山を始めた。また春に来よう、そう心に決めて。


【歩行時間6時間】
大崩山登山口出発ー山小屋ー祝子川渡河ーワク塚ルートー袖ダキ展望所ー同じルートで下山

【メモ】
ポストがあるので登山届を出そう。山小屋まで30分。はしごとクサリ場はあるが比較的穏やか。祝子川は渡河しなければならない。増水している場合は渡河できない。橋が落ちているので岩の間をジャンプする所がある。その後、急登が続く。はしご、クサリ場、ロープなどが多数ある。浮き石が多く、滑りやすいので注意。目印とされているピンクのテープの間隔が長い所があるので道迷いに注意。初心者はもちろん、ベテランでも初めて登る人は必ずガイドに依頼すること。コンパスと地図は使えるようになっておくこと。九州で最も険しく、遭難も多い山ということをお忘れなく。登山後の温泉は祝子川温泉がオススメ。

【登山口アクセス】
車でのアクセス:「祝子川温泉・美人の湯」をナビに入れるとよい。少し手前には「大崩茶屋」があり予約して前泊するのも◎。登山口はさらに車で数分。路肩に駐車となる。